長居療法院なごみ

阿倍野の胡麻味噌とじうどん (寝違い)

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心に残った患者様との思い出

阿倍野の胡麻味噌とじうどん (寝違い)

天王寺療法院やすらぎの郵便受けに、一枚のうどん屋のチラシが入っていました。阿倍野ハルカスから少し南へ下った所にある小雀弥という配達中心のうどん屋さんのチラシ。見るととっても美味しそう。当然、食欲をそそるように作ってあるのだけれど、思わず頼みたくなる。お腹が空いて来る昼過ぎになるとなおさらである。出前してくれるのがまた良い。外へ食べに出る手間がいらない。その日の患者さんの施術は一区切りついて、午後は八時から一人の予約がある。それまでに、夕食を取りたい。白衣を脱いで、表へ出るのも面倒だ。電話一本で持って来てくれるのなら頼む事にした。ただ、一品だけの注文で配達してくれるのか。そんな疑問もあったが、一応電話を入れてみる。
「出前七○○円以上ならOKです。」と快い返事。それで数あるメニューの中から胡麻味噌とじうどんを注文する。
三○分後、一人の青年がうどんを持ってやって来た。
「小雀弥です。お世話になっております。」元気な声だ。
「悪いね。うどん一杯で配達してもらって。」
「いいんですよ。仕事ですから。」屈託がなく、気持ちの良い応答だ。
胡麻味噌とじうどん!あまり聞きなれないメニュー。チラシの写真でおいしそうなので頼んでみたが、どんな味がするのだろうかとワクワク感で興味津々。
食べてみると、ちょっと唐辛子が効いてピリ辛感が舌を刺激する。そのピリ辛が味噌と絡み合って結構うまい。胡麻の風味も良い。他に豚肉、卵、ネギ、青野菜が入っており、ボリュームもたっぷり。施術の合間の昼食にはちょうど良い分量だ。汁も最後の一滴まで飲み干してしまった。
その翌日、診療所がお休みなので、家でのんびりとテレビを見ていると、あの将棋の天才中学生、藤井四段 (当時はまだ四段) が試合で大阪に来ていると言う。藤井四段のことを特集している。その中で、藤井四段の勝負飯というコーナーになる。藤井君は長い将棋の戦いの中で、何を食べているのか。将棋で勝つ勝負飯とは何なのか。
すると勝負の最中に出前を注文する。その出前の先が、何と、昨日注文した小雀弥。ただ、阿倍野店ではなく、堀江店の方でしたが、同じ小雀弥である事は間違いない。それも胡麻味噌とじうどん。『ええ!俺が注文したものと同じ品を頼んでいる。』なんとなく感激。昨日、頼んだ店で、昨日頼んだ料理と同じ物を注文している。藤井君に不思議な親近感を覚える。藤井君は大阪へ来る度に、小雀弥で胡麻味噌とじうどんを出前してもらっているとテレビでは紹介している。将棋指し藤井四段の勝負飯だそうだ。それにしても、小雀弥というお店、今は時の人となっている天才棋士の勝負飯とは!『昨日食べたんだよ、この胡麻味噌とじうどんを!』こちらも思わずにんまりしてしまう。
その翌日、再び、小雀弥で胡麻味噌とじうどんを出前する。自分もミーハーだな、藤井君が頼んだからといってまた注文するとは!とは言っても美味しかったのも事実。テレビで藤井四段が注文していなくても、また、出前してもらっていただろう。
「今日は大変込み合っておりますので、配達に少し時間が掛かりますが宜しいですか。」と丁寧に受け答えしてくれる。電話応対もきちんと出来た心配りのしっかりとしたお店だ。
再び、一昨日と同じ青年が持って来てくれる。
「見たよ。昨日、小雀弥さんがテレビで紹介されていたよ。藤井四段の勝負飯だって。」
「見てくれましたか。それで胡麻味噌とじうどんの注文が多くて、お店はてんてこ舞いです。」
「へえ!やはり、テレビの影響は凄い。」
「別に小雀弥がテレビ局に頼んだ訳ではないのにね。こういう事ってあるんですね。」
「いい宣伝になって、お店儲かるね。」
「会社は儲かるでしょうけれど、従業員は大変です。」とニッコリ。確かにそうかもしれない。
「ところでここ何をしているのですか。」
「何しているって?治療院だよ。無痛ゆらし療法という療法で患者さんの痛みを取ってあげている。」
「お客さんは整体師さんなんですね。」そう答えると、診療所の中をきょろきょろと見回す。彼にとって、藤井四段の勝負飯より、この治療院の方が興味を引くらしい。
「そうだよ。何かいかがわしいマッサージ師のように思えた。」
「そんな事は…。」彼はそれ以上は言わなかった。
「ありがとうございました。」と言って、お金をもらうと帰って行った。

それから、週に二回ぐらいのペースで小雀弥から出前をしてもらう。胡麻味噌とじうどんだけではなくて、他の料理も頼んでみる。うどんが好きなので、どうしてもうどんを頼む。ハリハリうどん、カレーうどん、肉ぶっかけうどんが定番となる。
不思議な事にほとんど彼が配達してくれる。名前をS君といった。他にもデリバーはいるのだから、たまたま偶然の巡り合わせなのかもしれない。
そんなある日、一本の電話。出ると、小雀弥で出前しているいつもの彼だった。
「先生の所、首の寝違えも治せるのですか。」
「もちろん治せるよ。」
「昨日、起きたら首が痛くて。すぐに、治るかと思っていたが、今日になっても痛みが取れない。首を回すのにも痛くて、これでは仕事にならないので何とかして欲しい。」
「それではすぐにおいで。」
たまたま予約が入っていなかったので、すぐに来院してもらう。
「先生の事を思い出したんですよ。先生が整体師だって。」
「病院では診てもらった。」
「午前中に行って、検査してもらいました。レントゲンを撮ってもらいました。頸椎の三番と四番に少し歪みが見えるけれど別に大きな異常は全然見当たらない。寝違えだから、安静にしていたら治るって!痛み止めの薬だけもらいました。それで一度くりはら先生の施術を受けてみようかと思いまして。出前でちょくちょくお会いしているし。これも何かの縁でしょう。
かえってひどくなる事はないですよね。」
「無痛ゆらし療法は良くなる事はあっても、かえってひどくなる事はない。
レントゲンで大した異常が無かったのなら、おかしな寝方をして寝違えたのだろう。無痛ゆらし療法で完全にその痛みは取れる。」
「くりはら先生を信用します。くりはら先生の施術で半身不随にさせられても本望です。」
「自分本当にそう思っているの。」思わず苦笑いしながら聞き返してしまう。
「だって、無痛ゆらし療法なんて聞いた事がない。くりはら先生ご自身を信用するしかないでしょう。」
「大丈夫。一回か二回の施術で完治するよ。」
S君、首が痛いので恐る恐るベッドに横になる。
「痛くないですよね。」
「軽くゆらしながら触っているだけなので痛みはない。もし痛みを感じたらすぐにそのアプローチは止めて痛くない別の角度から入る。心配ないよ。」
痛みの確認をしながら、約四○分ぐらいで施術は終了する。
最初、横になってもらった時は、首を回旋すると痛みが生じてました。施術後は無くなっていました。寝た状態では普通に首が動かせるまで回復していました。
問題は起き上がった時。起きて座ってもらい、首を前後に左右に動かしてもらう。大きく回旋もしてもらう。自然に出来ている。来院した時は、痛みで動かせなかった。
「後方に反らした時、痛みがまだ残っているけれど、首が動くようになっている。先生凄いですね。」
「良かったね。半身不随にはならなかっただろう。」
「でも、何をしたのですか。気持ち良くソフトに触られているという意識しかなかった。」
「それが無痛ゆらし療法さ。今日の施術ではまだ痛みは残存していると思う。後、一、二回施術すれば完治するよ。」
「いや、本当に楽になった。くりはら先生が小雀弥で出前してくれて良かった。そうでなければこの痛みは解消しなかった。これで出前のバイトも本職も、明日から仕事に復帰出来る。」
「本職は何をしているの。」
「介護福祉士です。昼間は施設でヘルパーとして働いています。僕、一緒に住んでいる女の子がいます。もうすぐ結婚するつもりです。介護福祉士の給料は安いから、夜に出前のバイトをしています。」
「介護の仕事をしているの。」明るくてとても優しい青年だ。介護関係にはピッタリかもしれない。
その後、二回施術をして完治する。
その縁もあり、週に一回は小雀弥でうどんを注文するようになりましたが、S君が元気で配達してくれます。彼の首の痛みはもうありません!

そんなある日、往診の依頼があり、バイクで移動。いつもなら自転車ですが、少し遠方でしたのでバイクを利用。
往診先は浪速区の大国町。施術を無事に終わり、天王寺の診療所に帰る途中でバイクが動かなくなってしまいました。まさかのエンジントラブル。いくらキーを回そうがエンジンが掛からない。押して帰るしかない。
ところが、天王寺は茶臼山という小高い山の上にある。標高二六メートルで、日本で二番目に低い山だそうです。 (ちなみに、日本で一番低い山はUSJがある天保山、三番目が帝塚山。要するに、山と表記される中で、低い山のベスト三が大阪市内に存在する。もちろん、日本一高い山は三七七六メートルの富士山。)
標高二六メートルとはいえ、山は山。天王寺まで辿り着くのには、この茶臼山を登らねばならない。長い登り坂が続く。そこを動かないバイクを押して登るのは相当な労力がいる。還暦を過ぎた自分にはやはりしんどい。でも、バイクを置いて帰る訳には行かないので、仕方なくバイクを押して坂道を登り始めた時、後方から聞きなれた声が響く。
「先生!何しているのですか。」
S君が自転車で追い付いて来た。いつもの笑顔が眩しい。
「往診の帰りだけれど、バイクが故障したようだ。キーを回してもエンジンが作動しない。だから、押して診療所に帰る途中なんだ。S君は何をしているの。」
「昼の介護の仕事が終わったので、夜の出前のバイト、小雀弥への出勤の途中です。」
「それはちょっとみっともない姿を見られたかな。」閉口気味に苦笑してしまう。
「エンジントラブルですね。大変だ。天王寺の治療院まで帰るのでしょう。僕がバイク押して行きますよ。先生は僕の自転車で治療院まで帰って下さい。」
「それは悪いよ。仕事へ行く途中だろう。心配せんでもいいよ。ボチボチ押して帰るよ。」
「先生六○代でしょう。この坂道を上るのはきついよ。僕は二〇代。任せて。先生は先に帰って待っていて下さい。」
そう言って、バイクのハンドルに手をやって離そうとしない。
「先生には首の寝違いを治してもらいました。せめてものご恩返し。困っている先生を置いて行く訳にはいきません。」
「実は助かるんだ。六時に患者さんの予約が入っている。だから早く治療院に帰らねばならない。」
「えっ!もう六時は過ぎてますよ。バイクは僕に任せて、自転車で治療院に戻って下さい。患者さんが待ってますよ。」
「でも、自分だって出勤の途中だろう。職場に遅れたらまずい。」
「大丈夫。七時ですから。十分間に合います。」
「本当に良いのかい。悪いな。じゃ、バイクお願いする。」
ここまで言ってくれるのなら、S君の思いやりに甘える事にした。
なんて心の優しい子だと思う。普通なら声は掛けてくれるだろうが、そのまま行ってしまう。こんな急な坂道を重たいバイクを押して戻って来てくれるなんて言わないはず。
彼に自転車を借りて急いで治療院へ戻る。その前に患者さんの携帯に十五分ほど遅れると伝言を入れる。治療院へ戻ると、患者さんは玄関の前で待っていてくれました。
それから十五分ぐらいしてS君が戻って来る。
「バイク、下に置いてあります。鍵はここです。」
「ありがとう。」と返答する。
「バイトがありますので、失礼します。」
「ありがとうね。助かったよ。」帰って行く後ろ姿に、もう一度感謝の言葉で見送る。
施術中だったので、患者さんも一言。
「あの男の子ですか。バイクを押して来てくれたのは…。」
患者さんにも遅れて来た事情を説明している。
「そうなんです。助かりました。さもなければ、もっとここに戻るのが遅れてました。」
「それは私も助かった。三○分以上も待たされたら、先生がいないと言って、私、帰ってしまったかもしれない。
バイクのエンジントラブルなんて先生も予期しなかったでしょう。本当に親切な青年がいるもんだ。それも花園からだとするとあの急な登り坂を押して来た訳でしょう。」
そのご婦人も感心しきりでした。

その日、患者さんはもう一人おられたので、施術が終わったのは夜の八時を回っている。さあ、すぐにS君の所へお礼に行かねばならない。彼はたぶん働いているだろうから、仕事の息抜きにと、他の従業員の分も合わせて缶コーヒーを二○個持って行く。ちょうど良い、小雀弥で夕食を取ろうと思った。
小雀弥阿倍野店は治療院から自転車で約五分ちょっとの場所にある。とにかくお礼を言わねばならない。自転車を漕ぐペダルが軽い。あっという間に、お店に到着してしまう。
お店にはS君の姿は見えない。
「S君は?」と女性スタッフに尋ねる。
「今、出前に出ている。もうすぐ戻ると思います。」
お礼は彼が帰って来たらという事で、まずは席に着き出前の時と同様に、胡麻味噌とじうどんを注文する。もう定番になっている。
そうこうしているとS君が戻って来た。
「先生来ていたんですか。」彼の方から声を掛けてくれた。
「今日はありがとう。そのお礼に来た。これ仕事の合間に皆さんで飲んでね。」缶コーヒーを渡す。
「ちょっと待っていて下さい。社長を呼んで来ます。」
「えっ社長さん!」別に社長に会わなくてもと一瞬思う。
厨房から四〇代前後の男性が出て来る。この方が社長さん。今、料理を作っていたようだ。
「社長、くりはら先生。僕の首の痛みを治してくれたのです。そのお礼に、今日バイクのエンジンが掛からなくて困っていたので押して帰ってあげたのです。」
「この方がくりはら先生。今日出社した時、良いことをしたと自慢していた。それより、いつも小雀弥のうどんを注文してもらってありがとうございます。」
社長も自分の所の店員が善行をしてくれて嬉しいのかニコニコ笑っている。
「先生、コーヒーありがとうございます。皆で飲みますよ。」
S君もイキイキと答えてくれる。
「小雀弥さんの胡麻味噌とじうどん、ピリッと辛味が効いておいしいですね。テレビで見ましたよ。藤井四段の勝負飯だって。大阪に来ると注文するそうですね。」
「テレビでは三回ほど放送された。映ったのは堀江店の方だけれどね。テレビ局の方もたくさん取材に来られていた。」
社長は自慢気に語る。
「良い宣伝にはなった。」
「その後、堀江店では胡麻味噌とじうどんの注文がどっと増えたそうです。」横でS君も鼻が高い。
「それはこんなおいしいうどんだもの。藤井君だけではなく、誰が食べても美味しいよ。ベストセラーは当然。」
うどんが気持ち良く胃の中に納まると、小雀弥を後にする。缶コーヒーのお礼にと、胡麻味噌とじうどんの支払いをただにしてくれた。
S君はとても優しい好青年。社長さんもとても感じの良い人です。社長さんの人柄が良いからこんな素晴らしいアルバイトが育つのでしょうか。
小雀弥さんはこれからもどんどん繁盛していくでしょう。S君は本職の介護福祉士として、その優しい思いやりのある性格で大勢の高齢者の介護に携わり面倒を見ていくでしょう。そして、小雀弥の胡麻味噌とじうどんが大好きな藤井君は、すでに四段から七段に昇進していますが、日本一の棋士になる事は間違いない。
小雀弥の店を出ると、夜の帳に包まれて静寂が漂う。メイン通りからずれている事もあり人影はまばら。店の前の街路灯が煌々と輝いて街に明かりを灯している。
「先生、お疲れさま。」S君が元気に出前に出る。
「頑張ってね。」一声掛ける。
バイクのエンジントラブルは計算外だったけれど、とても清々しい一日でした。
また、胡麻味噌とじうどんが食べたくなりました。口に入れるとピリッとした辛さが舌を包み込む。その辛さがグッドテイスト。
明日も小雀弥の胡麻味噌とじうどん出前頼もう!

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