これは肩こりに悩み来院往診させてもらった患者さんから聞いたお話です。その患者さん肩こりがひどく、マッサージ屋さんや整骨院で揉んでもらいましたが、その時は気持ちがよく楽になるのですが2、3日もするとまた肩が凝って来る。仕事にも差支えるので何とかならないかとネットで検索した結果、無痛ゆらし療法をやってみようとなったそうです。
 施術をしながらいろいろと会話が進みます。話をしていると患者さんの緊張感が取れるので、施術中に無痛ゆらし療法の疑問点を聞いてもらったり、こちらからも積極的に話題を提供するようにしています。
 
 その患者さんはリサイクルショップを経営しています。山本亜弥さんと言いました。地下鉄A駅を降りて、大通りから北へ歩いて1つ目の角を曲がった所にお店があるそうです。元々は本屋さんでしたが、1年前からリサイクルショップになりました。経営者は一緒です。娘が後を継いでリサイクルショップに様変わりしたのです。
 最近の若い人は活字を読まなくなった。その上、インターネットでも本が読めるようになりました。だから本屋をしていても収益が上がらなくなったからです。
 両親は老いて娘に譲ったとはいえ、まだ健在でしたので長年続いた本屋を辞めるのは反対でしたが、娘が思い切り良く決断したのです。

 娘の名前は山本亜弥。亜弥はまだ使えるのに捨てられてしまう日常品が勿体ないと思い、要らなくなった品物を中古として販売したら資源の節約にもなるし、商売としても面白いのではないかと考えたのです。
 果たして必要のなくなった品物を売りに来る人がいるのだろうか、また人が使い古した物が商品になるのだろうかと心配もあったのですが、どうせ捨てるなら幾らかでも銭にしたい、使い古しでも使用に問題がなければ安い方が良い、と言う人間の合理的な心理も働いて、オープンして1年、結構お客様がいっぱいで繁盛していました。
 それに亜弥は用品店や雑貨店を駆け回っては、売れ残った商品を安く買い叩いて仕入れてきました。そう言う才能が亜弥にあったのです。
 中古とは言え、とにかく安い。百貨店で5万円ぐらいしていた紳士物のブレザーが2,000円で販売されてました。要するにこう言う商売は、買ってくれるお客様より売ってくれる仕入れの人の方が大事。だって良い物が超安値で買えるのなら、黙っていても売れるわけですから。そう言う意味では亜弥は千里眼と言うか、捨てられてしまう物品の中に商品として再生できるかどうか見極める能力が卓越していたのかもしれません。

 そんなある日、亜弥の店に1人の高齢男性が来られました。見た目は70歳ぐらいか、でもテカテカのカッターにしわくちゃなチョッキ、よれよれのジーンズと言う身なり。髪の毛は剥げてはいないが白髪のボサボサ。加齢臭の漂ううだつの上がらない爺さん、どう見ても失態者に見える。お洒落とはほど遠い生き者に映りました。
 その老人が店に入って来ました。差別的な目で見てはいけないのですが、この人、生活保護者で生活に困ってその日の食事を求めて持っている物をお金に換えようとこの店にやって来たのかと思いました。
 「姉ちゃん、この背広いくらで引き取ってくれる。あつらえで2着とも10万以上はした。」
そう言って持って来た上等そうなスーツを商品代の上に乗せました。
 確かに高級生地、オーダーメイドで仕立てたのだろう。購入した時はそれぐらいの価格はしたはずだ。
 亜弥は手に取って大まかに目を通す。
「1着300円。2着で600円です。」亜弥は即座に答える。すると予想した通りの言葉がその老人から返って来ます。
「300円はないだろ。こっちの背広は12万円、こっちは18万円もしたんだぞ。それもほとんど着ていない。新品同様だ。300円はひどくないか。」
「商品を持ち込んで来た人、誰もがそう言います。安すぎるって。あそこに吊ってあるスーツを見て下さい。4,500円の値札が付いてます。400円で引き取りました。英国製の40万円近くしたスーツです。実際、4,500円でも売れるかどうかわかりません。」亜弥はそう説明した。
 その高齢男性はその商品に触って見る。
「確かに、肌触り良く高級そうに見えるが本当に40万円もした背広か。」
「そう思うでしょう。お客様が持って来てくれたこの背広も、この店に並べるととても10万以上もする商品には見えないのですよ。何しろ、ここは安売りリサイクルショップと言う先入観がありますから。それに洋服はサイズもあります。気に入って頂けても、大きさが合わなければ意味がありません。
「40万円の背広が4,500円でも売れないのか。」
その高齢男性は目を白黒させました。
「600円で2着引き取りましょうか。」
「俺の背広、一体幾らで店頭に並べられるんだ。」
売り主の素朴な疑問だ。
「1着3,000円ぐらいですか。」
「と言うことは1着2,700円の純利益か。」
「違いますね。クリーニングもしなければいけないし、ほころびなども修正しなければなりません。店頭に出すのには、商品としてのリフォームが重要なのです。そう言う経費も掛かるのです。」
「それにしても、18万円の背広が300円では名残惜しい。」
「衣類は、一度購入して袖に手を入れてみたらほとんど価値はなくなるのです。勿体ないと思うのならご自分で着ていることです。このスーツはお客様が着てこそ、買った当時のブランド価値が出るのです。」
「しかし、わしは第一線から退いて着ていく場所もない。必要ないのだよ。だから少しでも金になればと思ってな。孫に何か買ってあげられる。でも300円とはな。」その老人はため息をつく。
亜弥は即座に言葉を返す。
「おじいさん、もう少しお洒落をしたらどうですか。すでに退職して第一線を退いたからと言ってもその恰好はひどすぎる。どこかの浮浪者のようです。昔10万円以上もするスーツを着ていた人とはとても思えないです。現役時代はそれなりの地位に就いていたのでしょう。」その老人、自分の姿を振り返る。
「年金生活だしな。着て行く場所もない。この装いが一番気楽で良い。
「失礼ですが、加齢臭漂う爺さんにしか見えません。お洒落しましょう。現役を退いたからと言ってお洒落しない法則はありません。」亜弥はその老人に失礼のないように優しくメッセージを送る。
浮浪者呼ばわりされて、その老人は怒るかと心配したが別に怒りも見せずに穏やかな言葉が返ってくる。
「確かに、この格好ならそう見られても仕方がないか。人前に出なくなると服装などどうでも良くなってしまう。孫の前で恥ずかしいな。」
「そうですよ。このスーツを2着売って600円のお土産を渡すよりも、この背広をバシッと着こなしてお孫さんと会う方が絶対に喜びますよ。」
「そうか、孫の前ではダンディなおじいちゃんでいたいからね。処分するのはこの古臭いチョキとよろよろのジーンズだな。ありがとう。」そう言うと持って来たスーツをきれいに畳み直して帰って行きました。

 翌日、その老人が再び店にやって来ました。その日の出で立ちは、昨日売ろうとしていたスーツを颯爽と着こなしていました。
「これから孫の所へ遊びに行く。お土産にこの縫いぐるみを買って行く。」
 店に飾ってある縫いぐるみを2つ買ってくれました。どうやらお孫さんは2人いるようです。
 嬉しそうに縫いぐるみを抱えて帰って行く後姿、とてもスーツが似合うダンディな紳士でした。きっと現役時代は大きな会社のやり手のビジネスマンだったに違いありません。亜弥は浮浪者みたいだと言った事を心の中で謝ってました。

 その翌日、再びそのダンディな高齢者はやって来ました。今度は売りに来たもう1着のスーツを着ています。こちらも凛々しく非常にお似合いです。男の人は装いでこうも格式が変わるのでしょうか。
「あなたの忠告のお陰で孫たちがおじいちゃん素敵と言ってくれた。いつものおじいちゃんと違うって・・・。言われてみれば服装など気にしなかったからなあ。スーツを着て喫茶店に入ると、店員さんの態度がどことなく違うな。気持ちだけでも現役時代に戻った気分だ。」
 薄汚れた浮浪者から、ダンディな高齢者に変身。そう愉快に語ってくれます。
「お洒落を心がけると、何をコーディネートしようかと考えるだけで認知症予防にもなりますよ。」
「これからはお洒落に気を配る。何も新しく買う必要もない。若い頃着ていた服がタンスにいっぱいある。」
「そうですよ。高級な洋服をタンスの肥やしにしておくのは勿体ないです。」
「孫娘たちとデートしなければいけないからね。」
 そのダンディなおじいさん、その日も縫いぐるみを2つ買って帰って行きました。

 次の日曜日に、そのおじいさんが2人のお孫さんを連れてお店にやって来てくれました。もちろん、ブランド物のネクタイと高級そうなスーツを颯爽と着こなして・・・。
「あなたのお陰でお洒落をするようになったよ。そうなんだよ、現役を引退したからと言って背広やネクタイを着てはいけないと言う常識などない。今では散歩に出るのにもネクタイをしているよ。別に仕事をしている訳ではないのにね。
気持ちが若返るしぴしっと気が引き締まる。洋服タンスを見ると勤め人だった頃着ていたスーツがいっぱいあるんだ。洋服がタンスの中に監禁して置くな。着てくれと訴えているようだった。死ぬまでにすべて着こなすよ。こいつは現役時代、仕事を共にした分身なのだ。」
 そう言うと、その老人は右の親指で自分の着ている背広を指した。さも誇らし気に。
「そうですよ。そのスーツはお客さんの現役時代に苦労した汗と涙が染み付いているのです。引退して年を取っても着てあげるのが恩返しです。それを用済みだと言って売ってしまうなんて。」
「この40万円したと言うスーツを買う。4,500円なんて噓みたいな話だ。体系も合っているし、処分してしまうのは勿体ない。」
着てみるとピッタリでした。その背広を手に抱えると、その日も嬉しそうに帰って行きました。

 そのお客さん、それから常連になってくれました。着こなして要らなくなった服や、高級そうな置物を持って来てくれました。お金は要求しません。
「服は着飽きたし、置物も邪魔になったから寄付するよ。買った時は結構高かったんだ。」と言ってくれる。
「この服を誰かが気に入ってくれて購入してくれたら嬉しい。」と笑顔で語ります。 
「こう言う商売は人助けになるね。要らない商品を必要な人が買ってくれる。資源の節約になるし、あなたは素晴らしい商売を考えたものだ。」
 亜弥さんはとても嬉しかった。親の反対を押し切って、本屋を辞めてリサイクルショップをやって本当に良かったと思った瞬間だったそうです。


 施術中に患者さん、亜弥さんが語ってくれた世間話です。何となく心温まる思いが宿りました。
 亜弥さんの肩こりは5回の施術で無事取れました。
「マッサージをしてもらっても、その時は気持ちが良いけれどまた少し経てば凝って来る。この無痛ゆらし療法は弱刺激なので施術中は物足りなく感じるけれど、凝らなくなって来る。それをしっかりと実感させてもらいました。肩こりになって何とかするのではなくて、肩こりにならないようにする。先生のお陰で、もう肩こりの症状で悩まされる事はないと思います。」
 亜弥さんはそう感想を述べてくれました。その後、亜弥さんからの往診の依頼はありません。肩こりの症状から解放されて、きっとリサイクルショップの商売に頑張っているでしょう。

 あのオーダースーツのおじいさん。今日も背広を颯爽と着こなして、街を歩いている姿が眼に浮かびました。