環状線JR天王寺駅から西へ一つ目の駅が新今宮の駅です。南海電車も乗り入れています。地下鉄では御堂筋線、動物園前駅。新今宮の駅を下車して、北へ少し向かうと大阪の象徴ともいうべき通天閣があります。通天閣の周辺には、串カツ屋さんがたくさん並んでおり、通天閣に登って串カツを食べるのが観光客の定番になっています。
 タレントの赤井秀和が大阪はソース文化と言っています。そう大阪人は食べ物に何でもソースを掛けて食べる習性がある。串カツ、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、豚カツ、キャベツ、天ぷら、カレーライス、ホルモン焼き、焼き肉、野菜炒め、おかずがない時はご飯に直接ソースを掛けて食べている。焼き魚でもソースを掛けて食べている大阪人を見た事がある。要するに、大阪の庶民の味付けは基本はソースなのです。
 通天閣は浪速区にあるのですが、国道43号線を挟んで向かい側が西成区なので、なんとなく、西成地域にあるような錯覚も覚える。
 西成はひと昔前と比べると相当綺麗になり、過去の悪いイメージは払拭され訪れやすい街になっています。観光客(特に外国人)は、大阪に来たら、通天閣にジャンジャン横丁、要するに新世界と呼ばれるこの地域に、足を運ばなければ真の大阪は見る事が出来ないとたくさんやって来ています。確かに、新世界と西成周辺に昭和の名残が残っており、昔の大阪の街を堪能できると思います。
 西成には釜ヶ崎と呼ばれる地域があり、そこは、素泊まりですが、一泊、一五○○円から二〇〇〇円で泊まれる宿が並んでいます。むろん、釜ヶ崎で働く日雇い労働者のために安価で泊まれるように設定されているのですが、観光客でも宿泊できます。お風呂も付いています。部屋も綺麗です。ですから、お金のない外国人観光客には大変な人気です。普通のホテルに泊まれば、最低でも一万円はしますので、いかに安いか分かります。大阪へ来られる方でお金を節約したいのなら、釜ヶ崎の宿に泊まりましょう。安いです。ただ、地図上では釜ヶ崎という地名は存在しません。俗名のようです。地図上の地名では、萩之茶屋、太子、天下茶屋北と記載された住所です。
 新世界のある恵比寿東から、太子、萩之茶屋、天下茶屋北へと施術の休憩時間に自転車でサイクリング。釜ヶ崎の街を探索しながら、天下茶屋北まで来て、とあるゲームセンターの前で一休み。
 すると、後方から
 「おいおい。」と声がします。
 振り返ると、西成警察と印字された制服を着ているおまわりさんが三人立っています。
 「お前どこの組の者か?」上司格に見える太った警官が言います。
 『組?クミって、やくざのこと?』思わず心の中でびっくりしてしまう。
 「何のことですか?」意味が分からない。第一なんで警官に突然質問されるのか分からない。
 「どこの組の者かと尋ねているんだ。」隣に立っていたやや背の高い警官が繰り返す。
 「組?どこにも属しておりませんよ。」
 「ここをどこだと思っているんだ。」小太りの警官が言う。
 「どこって、ゲームセンターでしょう。」
 「あんたはここから出て来た。」
 「出て来ていません。前で休んでいただけです。」
 「ゲームセンターは最近閉店している。営業していない店の前でなんで立っているんだ。店の者に決まっている。」
 言っている意味が分からないが、このゲームセンターがやくざか何かのアジトなのかと薄っすらと理解できる。
 「テレビや新聞で今問題になっているだろう。」後ろに立っていた三人目の警官が口を開いた。
 「山口組の分裂ですか?」
 「そうだよ。だから我々は警戒を強化している。」
 山口組が分裂した時期だった。どこかの地域で拳銃が発砲されて大騒ぎになっていた。
 まさか、自分の事を山口組の組員と思っているのか。だとしたら笑ってしまう。こんなひ弱なやくざがいるだろうか。
 「このゲームセンターが山口系の事務所だ。ゲームセンターはカモフラージュ、実際は営業していない。だから、ここから出て来るのは組の者しかいないのだ。」太った警官が声を荒げる。
 「休んでいただけです。」
 「そんな嘘が通用すると思っているのか。この先は行き止まり。なんでこんな所で休む。休むなら他にいくらでもあるだろう。」
 「たまたまです。街並みを見ていたらここに来た。」
 「この辺の者ではないな。どこから来た。」
 「言葉が大阪ではない。」背の高い警官も言う。
 大阪に住んで三〇年以上になるが、出身が関東なので大阪弁は話せない。というか小太りのおまわりさんも九州訛りが出ており大阪ではない。
 「大阪生まれではないが、大阪に住んで三〇年以上です。」そう返答する。
 「身なりもここの住民の格好ではない。」
 確かに、その日は、白のブレザー、白のズボン、白のシャツと上から下まで白ずくめだった。日雇労働者の街、釜ヶ崎の装いとはかけ離れている。ただ、白色が好きなので、たまに服装を白で統一することがある。今日がその日だった。
 「第一、今何時だと思っている。昼の二時だ。それも平日だ。人様は皆働いている。どんな仕事をしているんだ。」
 まるで遊んでいるような口ぶり。平日の真昼間にぶらぶら出来るのはやくざしかいないという事か。口調が優しかったので、特に腹も立たなかったが、まあ、暇でしたので、こちらも少しおまわりさんと遊んでやれという気分。
 「整体の仕事をしている。」と答える。
 聞かれる前に住所と電話番号を書いて渡す。
 「天王寺の駅で『無痛ゆらし療法』という治療院を営んでいる。今度、腰が痛くなったら来院してください。」と宣伝する。
 「本当に整体師なのか。でも、なんでこんな時間にうろうろしている。診療所で治療している時間だろう。」
 「休憩時間です。病院でも整骨院でも昼間は休憩時間でしょう。」
 答えれば、また、違う質問が返ってくる。最初、すぐに誤解は解けるだろうと思っていたのだが、本当に、組の者と思っているようだ。
 持ち物も調べられる。でも、反面、このおまわりさん達を逆にからかっているようで楽しくなってきた。
 結局、ああだ、こうだと、意味のないやりとりが四〇分ぐらい続く。こちらは次の患者さんの予約まで、まだ、二時間近くあったので暇潰しにはちょうど良い。とことん遊んでやれと居直る。逆に、あなた達がどこの課に所属してどんな勤務を命じられているのか聞き返してやった。
 さすがに、おまわりさんもこれ以上話していても埒が明かないと判断したのか、
 「あんたとは、今度は警察署内で会う事になりそうだ。」と捨てセリフを投げる。
 「いや、もう二度と会う事はないでしょう。」
 「大阪府警は今、暴力団の取り締まりを強化している。そのうちあんたも捕まるよ。」
 そう言うと西成警察の三人の警察官は去って行きました。
 山口系の暴力団員。嘘でしょう!こんな弱いやくざなんてありえない。西成警察署員のあほらしさに呆れ返りました。
 でもおまわりさんも大変。ご苦労様でした。
 
 それから一週間後、天王寺療法院やすらぎの呼び鈴が鳴る。予期せぬ呼び鈴だ。
 患者さんは予約して来院されるので、患者さんではない。多分、セールスかと思って扉を開ける。
 すると、あの時の西成警察の小太りのおまわりさんが立っているではないか。その後方に、背の高いおまわりさん。今日は二人だ。
 「なんのご用ですか。」訝しりながら尋ねる。
 「実際に整体院やっているんだな。」
 小太りのおまわりさん、治療院の中を見回しながらポツリと呟く。
 「当然ですよ。本当に、やくざと思っていたのですか。それで今日はその確認?」
 「済まなかった。あの時は本当に疑っていた。立っていた場所がゲームセンターを装った山口組系の事務所だったからな。」
 「不快な思いをさせて申し訳ありません。」背の高いおまわりさんも謝ってくれた。やや、傲慢なお詫びの仕方でしたが、職務柄仕方がないのかもしれない。少し、気が晴れました。
 「それより、この無痛ゆらし療法って一体どんな整体なんですか。」
 言葉遣いが幾分丁寧にはなったが、今度は無痛ゆらし療法について聞いてくる。やくざの言いがかりは晴れたけど、無痛ゆらし療法とかいう、いかがわしい整体をしているとでも言いたいのかい。
 「この施術で患者さんの痛みを取ってます。」
 「二週間ぐらい前から、右の腰から右の足にかけて痛みがある。この施術で取れるかな。」
 そういえば、先日尋問していた時も、この小太りのおまわりさん右足を引きずるようにして歩いていた。
 「整形外科の病院で診てもらったが痛みが全く取れないのよ。無痛ゆらし療法で取れないだろうか。」
 痛みの原因を聞いてみると、どうやら坐骨神経痛の症状に似ている。
 「坐骨神経痛なら無痛ゆらし療法で完治しますよ。」と返答する。
 「先生にお会いしたのも何かの縁。ここはひとつ先生の無痛ゆらし療法の施術をお願いしようか。
 とにかく、右の股関節周辺が痛くて仕事に差し支える。」
 そう言って、二日後に予約を取って帰って行きました。
 おまわりさんがいなくなった後で、何か嫌な予感が走る。治療院を確かめてやくざの誤認は解消した。それで、腰が痛いから無痛ゆらし療法で施術してくれでは話が出来過ぎている。もしかして今度は無痛ゆらし療法に疑念の矛先を向けたのではないか。ネットでインチキ整体が幅を利かせている。治りもしないのにさも治ると言った誇大広告。騙して金を取る詐欺まがいの整体師。無痛ゆらし療法をそんなカルト療法として疑っているのでないか。警察官自身がその囮として施術を受けようとしているのではないか。
 相手は警察官。もし、痛みが取れなければ偽り療法と断定される。消費者庁と協力して捜査のメスが入る可能性もある。
 でも、予約はしてしまっている。結論はそのおまわりさんの腰の痛みを取ってあげて、無痛ゆらし療法が本当に痛みの取れる施術であることを実証するしかない。
 
 二日後、そのおまわりさんは来院される。その日は非番らしい。
 「とにかく、右の腰から臀部にかけて痛みがある。歩くのにも階段の昇り降りにもしんどい。何とかしてくれ。」と悲痛な叫び。
 歩いてもらうと、足を引きずってはいるがそれほどの重症とは思えない。断言は出来ないが軽度の坐骨神経痛の疑いは濃い。今までの経験から三回ぐらいで治癒するのではないかとの予測。
 ただ、もし痛みが取れなかったら、無痛ゆらし療法は偽りの整体と認定されるかもしれない。恵比寿の本部に消費者庁の取り調べが入る。そして、無痛ゆらし療法での施術が禁止される。そんなスリリングな戦慄感を覚えながら施術を開始する。
 一回の施術で痛みはほとんど消える。
 「驚いた。まだ、少し痛みはあるがズキンとした痛みは無くなっている。無痛ゆらし療法ってすごいね。」
 歩かせてみると、足は引きずっていない。
 「痛みはまだある。少し続けてみる。」
 そう言って、その日は帰って行かれました。
 結局、最初の問診時の推測通り、三回の施術で無事完治。
 「職場の仲間もあちこち痛がっているから、また、紹介するよ。」とメッセージ。
 「先生には失礼な話だが、今思えば先生をやくざと間違えて良かった。ホントに人間どこに縁があるかわからないね。」
 こちらも、無痛ゆらし療法がインチキ整体と断定されなくてほっと一息。
 施術の合間に、また、あのゲームセンターに行ってみる。あの時と同じ、営業はしておらず、ひっそりとして人影すら見えない。
 本当に、ここが山口組系のアジトになっているのか。それは分からない。ただ、尋問してきたおまわりさんの真剣な顔が目に浮かぶ。
 ふと、空を見上げると、灰色の雲が覆っている。今にも雨が降り出しそうな雰囲気。
 急いで、治療院へと自転車のペダルを漕ぎました。