いつ頃からどのようになられたのですか?

今から3年ぐらい前のことです。中学校で教鞭を取る傍ら、バスケットボール部の顧問をしておりましたが、指導中に突然、腰に痛みを感じました。歩くどころか、立っているのもしんどいぐらいの痛さ。その日は、そのまま座り込んで、部活が終わった後に、這いつくばるようにして家に帰りました。

 トイレへ行くのにも、一人ではとても歩ける状態ではなかったのです。

それから病院に行かれたのですか?
翌日は、学校を休んで、病院に行きました。突然の痛みでしたので、ぎっくり腰だと思い病院の先生にも説明しました。先生もそうだろうと判断して、痛み止めの注射を打ってもらい、薬をもらって帰りました。でも、翌日になっても、大して痛みが取れていない。起き上がるのも、悪戦苦闘、地獄の思い、もう一度、そのまま病院へ直行、手すりに寄り添い寄り添い、這いつくばりながら、マンションの階段を降りる姿を隣の人に見られ、「大丈夫ですか?」と、憐れみと同情の掛け声、痛みもさることなら、恥ずかしかった。

 その日の診療は、レントゲンとMRIの撮影検査、やはり、痛み止めの注射を打ってもらって帰宅。後は、ずっと横になって安静にしておりました。
 翌日は、注射と痛み止めの薬が効いたのか、少し楽になり、何とか、学校で授業することが出来ました。
 しかし、その翌日はまた、休んでしまいました。

 その後、MRIの検査結果が判明。レントゲンとも見比べて、腰椎の3番、4番、5番の椎間板が出ていると診断。その時は、腰椎ヘルニアと傷病名を告げられました。(後に、脊柱管狭窄症と改称)

 即、手術、病院の先生の決断でした。

 その期間中、仕事はとても出来ず、痛みを堪えてずっとベッドの上で唸ってました。

それからどうされたのですか?
手術に踏み切るしかないと思いました。ところが、この年(当時60歳)になって、腰にメスを入れるのはどうも・・。恐怖感も芽生え、克服するには勇気が要ります。他に方法はないかと、そんな発想が脳裏を支配し始めたのも自然な成り行きでした。
 それで、日頃、腰痛で世話になっていた長居療法院なごみのくりはら先生に、ダメもとで相談してみることにしたのです。

 長居療法院なごみさんは以前からお世話になっておりました。どうしても、バスケットを指導しておりますと、腰や膝を痛めますので・・。
 ただ、今回だけは、激痛が尋常ではなかったので、直接、病院へ行きました。整骨院よりは病院と言う観点があったからです。
 レントゲンも検査してもらいました。腰椎ヘルニアと言う傷病名も告げられました。それで、レントゲンとMRIの検査結果を持ちまして、長居療法院なごみへ連絡しました。

 くりはら先生がお越しになり、
 「ぎっくり腰になった?」と、まず聞かれました。
 「違う、違う。」と痛さを堪えながら否定しました。そう、見えるでしょうね。
 それから、それまでの経緯を説明。レントゲンもMRIの写真も見てもらいました。


 重要なことは、手術をしなければならないかということです。整体でも、鍼でも、カイロでも、とにかく、手術以外方法はないかと、藁をつかむとはこの心境でしょう。

くりはら先生とは、しばらくの間お世話になっておりました。施術中、いろいろとお話をしている中で、確固たる施術の考え方を持っておられましたので、激痛に苦しんでいるわたしを見て、治せもしない、いい加減な施術を押しつけることはないと信頼しておりました。
 症状を診て、これは無理と判断したら、手術を薦めてくれるはず。最終的に、、くりはら先生の決定にひとまず、ゲタを預けてみることにしたのです。

 スタッフたちは、安全策、わたしの這いつくばっている姿を見て、「ヘルニアなら大変だ。」整形外科のお医者さんの指示に従った方が良いのではないかとの返答でした。

 でも、わたしはくりはら先生の意見を聞きたかったのです。
 「ヘルニアなら、戻るよ。」と、平然とした答え。その時のくりはら先生は、うろたえることもなく、その言葉の韻は落着いた響きがありました。

それから、無痛ゆらし療法を説明してくれたのです。

「この療法で、椎間板を元の位置に戻せば良い。」

くりはら先生は最後にそう締めくくりました。わたしは戻すと言う表現が痛烈に印象に残り、手術はいつでも出来る、この療法に掛けてみようと思いました。

施術を受けてみてどうでしたか?
横になって、足を持ち上げるにも痛みが走る。まず、どう施術するのか、興味津津、でも、何となく、安心感はありました。

 不思議でした。軽くゆらしながら施術して行くのですが、痛みを感じないのです。ただ、ゆらして撫でているだけのような気がしました。もちろん、指圧などされたら、痛くてそのまま動けなくなってしまったかもしれませんが。

 しばらく施術をしていたら、持ち上がらなかった片足が、お腹まで上がりました。それから、もう片方、少しこわかったですが、何と、両足が完全にお腹まで着きました。とても、無理と思っていたことが、10分ぐらいの施術で可能になったのです。それも、痛みはなし。もう、びっくり仰天。これなら、手術しなくても済むのではないかと、その時、ふと確信に満ちた光明が心に点灯しました。

 後は、先生の動きにまかせるまま、施術の中で痛みが生じたら、痛いと言って、じっとしていれば良かったです。

 40分ぐらいの施術後、先生は痛みの確認。いろいろと体位を変えて、腰を動かして、痛みの出る姿位を検索。すでに、横になっている時は、ほとんどどんな体勢になろうが、また、させられても痛みは感じなくなってました。
   
 それから、先生に言われて、おっかなぎっくり立ち上がってみました。立ち上がる時に、少し、痛みが走りましたが、施術前は、何か支えを持たなければ立ち上がれなかったのと比較するとえらい違い。

まだ、その日は痛みは残っておりましたが、その晩、いつもより、楽に眠れたのは事実です。
 頼るところもないし、続けてみよう。そんな気持がゆるがないものになりました。癌のように転移するわけでもないし、手術はいつでも出来ると呟きながら、ふとんの中で久しぶりの心地良いまどろみを感じてました。

痛みの違和感はどのように変化して行きましたか?
わたしの場合、腰の痛みだけではなく、ひだり股関節から左足のしびれ、足間節まで痛みが走っていました。それが、1回目で腰の痛みが大半消失しているのが実感出来ました。ただ、しびれは相変わらず。確かに、1回ではね。

 週3回のペースでこまめに施術してもらいました。2週間ぐらいで、腰は、日常生活の中で特異な動きをすると痛みが再発するものの、ほとんど無くなり、足首の痛みもほとんど消滅していました。

 ただ、しびれが中々取れず、結局、3か月近くは施術してもらいました。その内にしびれも取れて、全く、普通の状態、日常生活でも違和感はなくなりました。
 見事でした。途中、痛みが戻る時もありましたが、施術を受ける度に痛みが解消して行くのが納得出来ました。

今は、完全に健康な日々を取り戻しました。

      朝の寝ざめが気持良いです!


現在の状況を教えて下さい。
問題ありません。普通に学校で教鞭を取り、部活ではバスケットを指導しております。区内の中学校のバスケット大会で審判をしておりますが、中学生と一緒になって走り回れるのが嬉しくてたまりません。わたしにとって、バスケットは生活の一部ですので・・。

 また、マンションの隣人が、「森さん、あれだけ腰が痛くて歩けなかったのに、普通に歩いているね。どうしたの?」と言って驚きの目で見るようになりました。一時はどうなるかと思いましたので、本当、良かったです。

 その後、病院に行きましたら、ヘルニアではなく、脊椎管狭窄症と診断されました。元気になったわたしの姿を見て、病院の先生に、それほど症状が悪くなかったのではないかと言われました。
 とんでもない、激痛で死ぬ思いをしていたのですから。担当医のこの言葉には、思わず苦笑しました。
 でも、何も言わず、まさに、無痛ゆらし療法とくりはら先生さまさまと、心に呟きながら、その病院を後にしました

このような症状に陥って、苦しんでいる患者さんに一言
病院では、手に負えなくなればすぐに手術です。しかし、ここで考えてみなくてはなりません。わたしの症状は最初、腰椎ヘルニアと診断されて、後に、脊椎管狭窄症と改められました。別に、病名など、どうでもよいのですが、しばらく痛みで動けなかったのは事実です。ただ、ここで気を付けておかねばならないのは、ポリープが出来ていて癌の可能性もあったわけです。(癌の検査はしておりませんが。)

 ですから、焦って手術に踏み切らないこと、本当に、脊柱管狭窄症なのかわかりませんから。
 まず、一度、くりはら先生に相談して、無痛ゆらし療法を試してみたらどうですか。現にこうしてわたしが元気になっております。

 ただ、それでも、なんら効果が出ない場合もあるかもしれません。その時に、手術に踏み切れば良いと思います。手術は、本当に、本当に、最後の最後の手段です。
 
腰を痛めた時は、まだ、現役の教師でしたが、今では、退職しておりますが、教師として教壇に立っております。バスケットも熱中指導者として、生徒たちには、結構人気があるのです。
これも、くりはら先生と無痛ゆらし療法のお陰だと認識しております。

 2年ぐらい、くりはら先生とは離れておりましたが、先日、また、腰に異変を感じましたので、手遅れにならないうちにと、くりはら先生に施術をお願いします。
 あの時の七転八倒の苦しみは、もうこりごりです。早目の施術もあり、早々に異変は解消、また、元気に職場に戻っております。

 その時、くりはら先生から、長居療法院なごみのホームページに、わたしの腰の痛みの症例を掲載して良いかと打診がありました。実際の話なので、断る理由がありません。それより、多くの人に無痛ゆらし療法の奇跡を知ってもらいたいと思いました。二つ返事で、OKしました。

 わたしの知り合いのバスケット部の中学生も、オスグッドや、足の捻挫、肉離れなどで、くりはらに助けてもらっているようです。練習も、2、3日休むぐらいで復帰できると、くりはら先生は近くの中学生の間でも良いうわさで一杯のようです。

最後にふと思うこと!

 病院は検査と手術をするところ、実際の痛みを取るのは、くりはら先生と無痛ゆらし療法ではないかと。


院長より一言
森先生、脊柱管狭窄症の激痛、取れて良かったですね。お仕事も退職されて、第2の人生が始まっております。好きなことに没頭して、健康で楽しまなくてはね。
手術されても、後遺症で悩まされてはどうにもなりませんから。

 ところが、今だからお話ししますが、スタッフの間からは、腰のヘルニアで、これだけ痛がっている患者さんをへたに施術したら、取り返しの付かないことになると言う声があったのです。やはり、整形外科病院に戻して、お医者さんの指示に従った方が良いのではないかと言う意見です。
 でも、わたしには、無痛ゆらし療法で、椎間板も狭窄症も元の位置に戻ると言う確信があったのです。元の位置に戻れば、正常なポジションです。人間あるべき本来の姿です。後はその人の持つ治癒力で十分に回復すると。
 それと、森先生が、わたしが試みようとしている施術をしっかりと認知しようとしてくれたのも助かりました。お互いの信頼関係ですから・・。

 「戻らなければ、手術するから。とにかく、やってみてくれ!」その言葉に、勇気100倍、それと、森先生が、治るとは表現せずに、戻ると言ってくれたのも、無痛ゆらし療法を理解してくれているなと思いました。

 たぶん、森先生もこの施術で痛みが解消できると言う、予感めいたものがあったと思います。

              とにかく、痛み完治して、一安心!

             手術の前に、無痛ゆらし療法です!