どのような状態だったのですか?

 母なのですが、かねてから膵臓が悪く、膵臓の手術を受けました。高齢でしたので、心配していたのですが、お陰さまで、手術の方は無事に終わりました。成功しましたので、命の方も大丈夫でした。ただ、高齢(88歳)での手術だったせいか、体力が相当消耗したのでしょうね、歩けなくなってしまったのです。
 病院では、手術後、リハビリをしっかりやってもらいましたが、トイレへ行くのにも、一人ではとても歩ける状態ではなかったのです。

 今、母は施設に入っているのですが、病院から帰る時は車椅子でした。施設でも、ヘルパーさんたちが、一人では歩行は無理と判断して車椅子が貸し出されていました。

 わたしは、ああこれで、母はずっと車椅子のお世話にならなければいけないのかと、憂鬱な気分になりました。

それからどうされたのですか?
 その時、無痛ゆらし療法を思い出したのです。無痛ゆらし療法との出会いは、わたしが、長居療法院 なごみに訪問して貰っていたからです。ある日、首を寝違えたのか、痛みで回旋できなくなりました。それどころか、首を動かすだけで圧痛が走り、横になると、起き上がることさえ簡単に出来なくなりました。本当、泣きそう。この痛みでは、何一つ出来ないので、何とか動けるような状態にして欲しいとくりはら先生に泣きつきました。
 
すると、くりはら先生は即座に、無痛ゆらし療法なら、すぐに、痛みが解消するよと、この施術を紹介してくれたのでした。
 その時、わたしとしては、とにかく、痛みを取って、早く、普通通り動けるようになりたかったので、二つ返事で無痛ゆらし療法での治療をお願いしたのです。

不思議な治療法でしたね。強く押すわけでもなく、叩くわけでもなく、ストレッチするわけでもない。軽く撫でて、ゆらしているだけ。ソフトタッチで、リズミカル、首に痛みがあるのに、痛みを忘れて眠くなってしまいました。うつらうつらしてましたら、先生の囁く声が耳元で聞こえました。
 「首を回旋してもらえませんか。」
 はっと気が付いて、首を回してみますと、回旋時の痛みが解消しているのです。
 「どうです。痛みは?」
 「あら、痛くないです。」率直に返答すると、先生はニッコリとして、「良かったですね。」と、言ってくれました。
起き上がって、身体を起こすと、首を後方に反らした時に、まだ、少し痛みは残っておりましたが、
 「今日はここまで、次回は取れますよ。」と安心させてくれました。
 先生の言う通りで、その次の施術でほとんど痛みは完治しました。

 その時に、無痛ゆらし療法のすごさを認識しました。
 
ふと頭に閃きました。母も無痛ゆらし療法で歩けるのではないかしらと!
どこかに、疾患があって歩けなくなったのではなく、手術の後遺症ですから、筋肉が元に戻れば大丈夫ではないかと・・。運動療法もしっかりとやってもらえば、歩行可能まで筋肉は回復するのではないかと・・。

 それで、くりはら先生に相談してみました。即座にOKしてくれました。
一度車椅子に慣れてしまうと、楽だし、便利、第一安全、ですから、どうしても頼ってしまうことになる。その内に習慣になってしまうと、足の筋肉は一層衰えて行き、足腰はさらに弱くなり、本当に立つことさえ出来なくなってしまいます。
 まだ、車椅子に乗ったばかりなので、今なら、間に合うかもしれないと、アドバイスを受けました。
 
 母も、どうせ、歳も歳ですし、駄目でもともとと思いながら、無痛ゆらし療法と先生のする運動療法に託してみることにしたのです。それに、先生はリハビリは遊び感覚でやらなければ、年寄りは億劫になるといつも言っておりましたので、ちょうどいい、母は暇を持てあましているから、先生と遊んでもらおうと思いました。

無痛ゆらし療法で施術されてみてどうでしたか?
  母には合っていたと思います。もともと、マッサージなどをすると、翌日、揉み起こしが良くありましたが、無痛ゆらし療法は微刺激ですので、年老いた母には、ちょうど良かったのではないですか。いつも、気持ち良さそうに施術を受けてました。

 ただ、予算が心配でしたので、お願いして月契約にしてもらいました。母は施設に入所しておりますので、週3回を目安に往診してもらいました。

 初めて、施設で先生が施術された時、先生が、出来る限り、車椅子には乗らないようにと忠告してくれたのが記憶に残ってます。どうしても、転倒が心配なので、介護する者は移動時に車椅子に乗せてしまうのですよね。結局、それが、車椅子から離れられなくなる。その後の人生をずっと、車椅子と言うことになってしまうのでしょうね。

 施設の介護の方にもお願いして、面倒でも補助に付いてもらい、出来る限り自力で歩くようにしました。最初、おっかなびっくり、すぐに、ひっくり返りそうで、ドキドキしっぱなしでしたが、思いは一つ、何とか歩けるようになっての願いで一杯でした。

 先生は無痛ゆらし療法で施術して、運動療法を少しずつ増やして行きました。母は、くりはら先生を気にいってくれたようで、施術も順調、嫌がることもなく、楽しみながら、運動もこなして行きました。先生が来るのを楽しみにしているのが、そばにいて良くわかりました。
 その甲斐ありまして、2週間ぐらいしたら、横に付いていなければ心配はあるものの、普通に歩けるまで回復したのです。
 そうして、3週間目には、ほとんど一人で歩けるようになりました。もう車椅子はいらないねと、業者に返納しました。もともと、膵臓の手術の後遺症で歩行困難になりましたので、リハビリで歩けるようになるのではないかと、大きな期待は持っていましたが、こうも見事に歩けるようになるとは、嬉しい現実です。

 退院1か月後、病院に検査入院で再び入院しました。
 その時、担当の先生や看護婦さんが、「普通に歩いている。」と仰天してました。
 もちろん、膵臓の手術の成功もありましたけれど、手術後は歩くどころか、立つことも出来ませんでしたから、車椅子の生活を余議なくされたかもしれません。無痛ゆらし療法とくりはら先生に感謝です。それに、くりはら先生と母の相性も、相思相愛でした。

現在の状況を教えて下さい。
 すこぶる、健康です。施設内をほとんど一人で歩いております。逆にかってに歩き回るので、施設の介護士さんたちが右往左往です。
 
            この現実に乾杯!

 孫たちもやって来て、お婆ちゃん良かったねと、一緒に楽しんでおります。天気の良い日は、孫が連れ出して、施設の周囲を散歩しております。当たり前のことですが、本当に素晴らしく思えるのです。

ある日、散歩中、我が家で飼っているワンちゃんが母の元へ歩みよって行きました。主人が連れて来てくれたのです。施設に入る前は一緒に生活しておりましたから、ワンちゃんも覚えてくれてたようです。母も懐かしげに抱き締めました。母の匂いを覚えているのですね。ペロペロと母の手を舐めます。
            
この症状でお悩みの方に一言
 車椅子の方は、やはり、歩こうとする意欲が必要だと思います。母は、手術後すぐにリハビリをやったから良かったと思います。長い間、車椅子に乗っていた人は、そう簡単にいかないとは思いますが・・。それでも、骨折や、脳血管障害の後遺症の方は出来るだけ早く、運動療法を取り入れるべきだと思います。結果はその後のことですが、付いて来ると思います。

 それと、無痛ゆらし療法です。わたしの寝返りの痛みも2回の施術で解消しましたが、母の歩行の可能も無痛ゆらし療法のお陰だと思ってます。無痛ゆらし療法は、優しくタッチして行きますので、年寄りには合っているのではないかと・・。ゆっくりゆらしながら、身体のズレを修正し、正しい元の位置に戻して行く。だから、筋肉も少しずつ回復して、体の立体が整い、歩けるようになるのだと。
 ただ、言えることは、わたしが、寝違えの痛みを治してもらわなかったならば、母の治療をくりはら先生に頼まなかったと思いますので、無痛ゆらし療法の良さはわたしが確約します。

  わたしは首の痛みを、母は一人で歩けるようにしてもらいました!



院長より一言
 田村さんの施設のお部屋を、最初に訪ねた時、田村さんは、退院したばかりで、ベッドでずっと寝ていました。横に、車椅子が置いてあり、移動はすべて車椅子、乗せるのにさえ大変でした。高齢ですし、これは、歩けるようになるのかと心配でした。

  でも、田村さんが無痛ゆらし療法を気に入ってくれましたし、運動療法にもそれほど嫌悪感のようなものを持ってませんでした。それと何より、田村さんがわたしに好意を見せてくれたことです。ですから、楽しく、施術とリハビリが出来ました。
 また、娘さんの西塚さんが、横で、お母さんの田村さんを励ましてくれたのも良かったです。
 「早く、車椅子を返納しましょう。」と、言う合言葉を3人で約束したのを覚えております。
 そのせいか、どんどん、回復して、1週間ぐらいで立てるようになり、2週間ぐらいである程度歩けるようになりました。高齢なのに、その元気印には驚くばかり、担当のお医者さんですら、 びっくりしてました。

 田村さんは、暇な時は、お孫さんの結婚写真を見ております。お孫さんたちは、皆さん結婚なされて、もうすぐ、ひ孫も見られるかもしれません。そうすれば、4世代で散歩が出来ますね。
 それまで、是非、お元気で!

 今回は、無痛ゆらし療法と、運動療法が、見事にマッチした結果です。でも、本当は、娘さんの西塚さんの母を歩かせたいと言う思い一筋だったと思います。その熱意が伝わったのでしょう。リハビリは周囲の人たちの努力と協力も不可欠ですね。

    無痛ゆらし療法が、また、ひとつ新しい分野を開拓しました!